2018年1月23日火曜日

【学問のミカタ】研究をするとなぜ創造的な思考が身につくのか?

はじめまして。経営組織論・ケース分析を担当している山口です。今日は、「学問のミカタ」ということで、大学で学問(とりわけ研究)をすることが、みなさんの将来にとってどのような意義を持つのかについて考えたいと思います。

 1.大学で何をどのように学ぶのか?   

 現在、日本は、経済成長のために国を挙げてイノベーション(経済発展につながるような革新的な製品・サービスの事業化)の推進を図っています。企業もグローバルな競争の下、これまでにない新たな製品・サービスの開発に力を入れています。当然、大卒者の採用でも、「(他者とは異なる)新しいものの見方」ができる人材を重視する企業が増えています(例えば、日経産業新聞の連載「人事担当者に聞く」で取り上げられたグーグルやセブンイレブン、資生堂など12社のうち、ほぼ全社が、「(他者の意見とは異なる)自分の意見を出せる学生」を採用したいと述べています)。 このような話を聞くと、大学で、「新しいものの見方」ができるような創造的な思考を学び、将来の仕事に役立てたいと考える人も多いでしょう。では、大学で何をどのように学べば、創造的な思考が身につくのでしょうか。

 大学では、創造的思考=新しいものの見方を学ぶ方法として、二つの方法を用意しています。一つは、ビジネスプランの作成や、企業に与えられた課題に対する解決策を考えることを通じて、創造的な思考を学ぶ方法です。もう一つは、学問(研究)を通じて創造的な思考を学ぶ方法です。

 一つ目の方法について、経営学部では、ビジネスプランを作成して各種コンテストに応募するゼミ、企業と新製品開発のコラボレーションを行ったりするゼミ、企業から与えられた課題に対する解決策を考える授業、ベンチャー・キャピタルの実務家からビジネスプランの作成方法を指導してもらう授業などを用意しています。いずれも、ビジネスプランコンテストで各種の賞を受賞するなど、高い成果を上げています(例:「キャンパスベンチャーグランプリ東京大会で奨励賞受賞」、「『プロジェクトで学ぶマネジメント』で企業の協力の下、課題解決のためのプランを作成」)。

しかし、二つ目の、学問を通じて創造的な思考を学ぶ方法については、高校生には少しわかりにくいかもしれません。実は、東経大経営学部は、こちらの方法でも高い成果を上げています(例:「プロネクサス懸賞論文で優秀賞受賞」)。

 そこで今回は、大学での学問の中心である「研究」について取り上げ、研究をすると、どうして創造的な思考が身につくのかを考えてみましょう。以下では、京都大学霊長類研究所の正高信男教授(以下敬称略)が行った、実際の研究をみながら解説していきます。

2.「研究」とは何をすることなのか?:実際の研究をみてみよう

まず、以下の写真を見てください。赤ちゃんが、かなりきっちりと、布でぐるぐる巻きにされています。皆さんは、こうした光景を見たことがありますか?

出所:正高(1996)289
  これは、「スウォドリング(swaddling)」と呼ばれる育児方法で、南アメリカ先住民・中国西部の山岳地帯からモンゴル・ロシアまで、世界のかなり広い範囲で行われてきた方法です(正高, 1996)。かつてはヨーロッパでも見られ、日本でも明治時代には行われていたそうです。
 あなたは、このように赤ちゃんをぐるぐる巻きにして育てるスウォドリングが、なぜ行われてきたと思いますか?

(1)スウォドリング=「親の手抜き」説
 ルソー(高校の世界史や政治・経済に出てくる、『社会契約論』を書いた、あのルソーです)は、スウォドリングは「親が育児の手抜きをするためのもの」であると考え、強く批判しました。彼によれば、スウォドリングは、赤ちゃんの幼い体を布できつく巻き、お腹がすいたりおむつがぬれたりして泣いても放っておき、親の都合の良い時にだけ世話をするものです。これは、親の手抜きにほかならず、赤ちゃんがかわいそうだというのです。
 
 正高は、ルソーの「スウォドリング=親の手抜き」説が本当かどうか確かめるため、スウォドリングを今でも行っている南アメリカのアイマラ族の調査を行いました。アイマラ族の中で、スウォドリングで育児をしている家庭と、それ以外の方法で育児をしている家庭をピックアップし、それらの家庭の間で赤ちゃんが受ける世話の量がどれだけ違うかを比較したのです。その結果、意外なことに、両方の家庭で世話の量にはほとんど差がないことがわかりました。スウォドリングをしている家庭でもしていない家庭でも、おむつ交換の頻度や、抱っこや頬ずりなどの非言語的接触の回数、話しかけなどの言語的接触の回数はほとんど同じでした。つまり、スウォドリングをしているからといって、親が育児の手抜きをしているわけではなかったのです。

(2)スウォドリング=「赤ちゃんが落ち着く」説
 育児の手抜きではないとしたら、なんのためにスウォドリングは行われているのでしょうか?正高が考えたのは、スウォドリングには、親にとってのメリットではなく、「子供」にとってのメリットがあるのではないかということでした。調べてみると、スウォドリングには、実際に赤ちゃんを安心させ、落ち着かせる効果があることがわかりました。

 しかし、この説にも問題がありました。もしスウォドリングが赤ちゃんに良い効果をもたらすものであるならば、世界中でスウォドリングが行われていてもおかしくありません。ところが、世の中には、スウォドリングとは対照的な育児方法を採っている人々もいるのです。例えば、アフリカ南部のカラハリ砂漠にすむサン族は、母親がいつも赤ちゃんを抱っこし、赤ちゃんが泣くとすぐに授乳するという、非常に手間をかけた育児をしています。スウォドリングが赤ちゃんにとって良い育児方法であるならば、このように対照的な育児方法が存在することの説明がつきません。

(3)スウォドリング=「繁殖戦略」説
 正高は、次に、スウォドリングが行われている理由を「r-K戦略」という動物の繁殖行動に関する理論を使って考えてみることにしました。r戦略とは、たくさん子供を産んであまり手をかけないで育てる繁殖の方法で、K戦略とは、少しだけ産んだ子供に手をかけて育てる方法です。動物の繁殖行動にはこの二つの戦略があることがわかっています。
 
 ここで正高が注目したのは、母親が乳児に母乳を与える「授乳行動」のパターンでした。月齢3~6か月の子供に対する母親の授乳頻度は、スウォドリングをしている場合、していない場合の半分程度しかないことがわかったのです。母乳は、高頻度・短時間で反復授乳したほうが、分泌量が増加し、分泌期間も持続します。逆に、スウォドリングをしていると、授乳間隔があくため、母乳の分泌量は減り、分泌期間は短くなります。
 実はこの母乳の分泌期間の短縮化は、繁殖戦略上、重要な意味を持ちます。母乳が止まると次の子供を妊娠しやすくなるからです。実際、アイマラ族のスウォドリングをしている家庭では、前の子の出産から次の子の出産までの出産間隔は平均20か月なのに対し、スウォドリングをしていない家庭では、平均30か月と、約10か月もの差が生じていることがわかりました。そのせいか、ある年齢の女性がもつ子供の数は、スウォドリングをしている場合のほうが、スウォドリングをしていない場合よりも多くなっていました。
 つまり、繁殖戦略という観点からみると、スウォドリングは、一定期間内によりたくさんの子供を産めるようにする育児方法(=r戦略)と捉えることができるのです
 
 また、この繁殖戦略の観点を使うと、なぜ世界には、サン族のようにスウォドリングとは対照的な育児をしている人々がいるのか、という謎も解くことができます。正高がサン族の授乳間隔と出産間隔、一定年齢の女性が持つ子供の数を調べたところ、アイマラ族のスウォドリングをしている家庭に比べて、サン族は授乳間隔が短く、一人の子に対して長期間にわたって授乳をしていること、その結果出産間隔が長くなり、子供の数も少なくなっていること(=K戦略)がわかりました。このように、繁殖戦略の視点を使うことで、世界で対照的な育児をしている人々がいる理由も説明することができたのです。

 3.研究を通じて、社会で通用する「創造的思考」を身につけよう!

 さて、この正高教授のスウォドリング研究の事例をみると、「研究とは、物事に対する常識を問い直し、新しいものの見方を生み出すことだ」ということがわかっていただけるのではないでしょうか。
 
 私たちは、スウォドリングのようなあまりなじみのない現象を見たときでも、それが何を意味するか、直感的に解釈しようとする傾向を持っています。しかし、ルソーの「スウォドリング=親の手抜き説」が間違っていたように、私たちの直感的理解は間違っていることも多いのです。研究では、そうした、私たちが普段無意識に使っている「ものの見方」を疑い、それとは異なる視点から物事を見ることで、真理にたどりつこうとします。この意味で、研究とは、皆と異なる視点から物事をとらえ、物事に対する自分なりの意見(=新しいものの見方)を組み立てることなのです。「学問のミカタ(見方)」とは、本来こうした創造的なものの見方のことをいうのです。

 今回はスウォドリングに関する研究をご紹介しましたが、これは経営学研究でも同じです。経営学では、「企業が利益を上げられるのはなぜか」という問題について、戦略、組織、財務、開発、生産、販売、マーケティングなど、様々な視点から解明していこうとしています。大学で経営学を学ぶとは、経営学の様々な視点(=理論)を学ぶことを通じて、経営現象を多様な視点から捉えられるようになり、それをもとに、常識にとらわれていては見えない企業の成功/失敗のより本質的な原因をつきとめられるようにすることなのです。

 東京経済大学経営学部の特長は、社会で必要とされている「新しいものの見方ができる」人材になるために、(1)ビジネスプランの作成などを通じて自分の意見をつくる、(2)研究を通じて何事に対しても自分の意見を持てる「視点」を身につける、のいずれの方法も選べることです。あるいは、もっと違った東経大経営学部の活用方法もあるかもしれません。是非、他人とは異なるあなただけの意見=「自分なりの東経大経営学部の活用戦略」を考えてみて下さい。

参考文献:もし上記の研究に興味がわいた場合は、以下の本・論文を読んでみて下さい。
正高信男(1996)「南アメリカ先住民の伝統的子育ての習慣であるスウォドリングの機
  能」, 『心理学研究』第67巻, 第4号, 285-291頁.
正高信男(1997)「繁殖戦略としての人類の育児文化」『科学』第67巻, 第4号, 305-312頁.
山岸俊男(2011)『「しがらみ」を科学する:高校生からの社会心理学入門』筑摩書房.