2016年2月15日月曜日

スキービジネスを経営学的に考えると

皆さん、こんにちは。経営学部教員の柴田です。
2月の中旬というと冬の真っただ中で、今シーズンは暖冬と言われていましたが
さすがに各地のスキー場には十分な積雪量があるようです。私も、学生時代から
スキーが大好きで、大学教員というと、1月末から4月初めまでは授業がなく、
(もちろんこの間にも仕事はいろいろとあるのですが)時々平日に自由な時間が
取れるので、日帰りで空いたスキー場でスキーを楽しんでいます。それでも
趣味と実益を兼ねて、スキー場ビジネスの研究も行っているわけで、このような
「ポストバブル期のスキー場経営の成功要因」などという論文にまとめたりしています。
下の写真は、1月末に行ったガーラ湯沢スキー場から越後湯沢の街並みを眺めた
ところです。


痛ましいスキーバスの事故

1月15日未明に、国道18号線碓井バイパスでスキーバスが転落し、15人の方が
亡くなるという事故が起きました。亡くなられた乗客はいずれも激安スキーバスツアーに
参加した大学生で、ゼミの指導教員であった、法政大学の尾木直樹教授の憔悴した
姿が何度もテレビに登場するのを見ていると、大学教員としては、とても他人事とは
思えません。ご家族の方、関係者の方には謹んでお悔やみ申し上げたいと思います。
ではなぜ、このような事故が起きるのか、どこに問題点があるのか、これを経営学の
視点から考えてみましょう。

安心できる激安と、不安な激安

大学の新入生と話していると、「激安」という言葉に魅力を感じる人が結構多い
ようですね。「私が評価する外食チェーン」という題名で作文してもらうと、
(具体名を出すと差し障りがありますが)価格の安さをセールスポイントとしている
チェーンを取り上げる学生が多く見られます。「安くすることは、良いことだ。」と
いう暗黙の前提があるように思えます。でも、本当に良いことでしょうか?
小学校5年生の算数で「売上=費用+利益」という、ビジネスの基本中の基本の公式を
習います。「安くする」ということは費用や利益を減らしていくことを意味します。
この関係をしっかり理解すると、激安でも安心していられるのか、心配な激安かを
見極める目安となります。

普通に費用を投じて作ったものを安く売る場合、単純に考えると利益だけが減少します。
アパレル商品の期末バーゲンとかアウトレットセールス、賞味期限が迫った弁当の
値引き販売などが、このような例ですが、それは既に販売した商品で十分利益が出て
いるので、全体から見ればほんの一部の残りを早く売り切り、現金化したい、という
意図の現れです。それを承知で購入し、たとえば弁当も今すぐ食べる、というのであれば、
まあ中身について心配はないでしょう。ただ、これは本来であれば、もっと早く
売り切りたい商品を値引くため、恒常的なビジネスにはしにくいし、激安品を常に
大量に販売することができません。

次に「中抜き」によるコストダウン、費用削減を考えてみましょう。各地にある道の駅では
周辺の農家が栽培した新鮮な野菜が、産地直送で安い価格で販売されています。
これは輸送経費や市場での卸売業などの経費という中間費用を省いているから可能に
なることです。これは本当に安心できる格安商品なのですが、どうしても局地的な
ビジネスにとどまり、誰でもどこでもその恩恵を受けられる、という性格のものでは
ありません。

あるいは、費用の一部を他の組織が負担してくれる場合があります。昨年、各地の
自治体がプレミアム付き商品券を発行しました。たとえば、1万円で購入した商品券で
1万2千円分の買い物ができるというものです。差額の2千円は税金を使って補てん
するわけです。これにより、消費が刺激され、地元経済にお金が回るようになる、
という効果を期待しているわけです。まあ、このような地域振興政策が「良い政策」と
言えるかどうかは論議が分かれるでしょうが、利用客自身が支払うお金は減っても
購入した商品の品質には心配がないでしょう。

不安の多い激安ビジネス

一方、提供される商品やサービスの品質に不安の生じる激安ビジネスもあります。
そこを皆さんとしっかりと見極める必要があります。
商品1つあたりの売上を減らしてもビジネスを継続できるようにするためには、
費用や利益を圧縮しなければなりません。そのためには「まとめて作れば、費用も
安上がりに作れる」という大量生産を行い、「1つあたりの利益は少なくても、
たくさん売れば全体で大きな利益となる」という大量販売を行わなければなりません。
20世紀に産声をあげた経営学は、このような大量生産・大量販売を促進する学問として
体系化されてきました。このようなビジネスの仕組みがうまく機能するためには
市場が成長期にあり、どんどん規模が拡大していくことが必要です。1960年代の
日本のように高度成長経済の時期であれば、まさに大量生産・大量販売によって
市場に優れた商品を行きわたらせ、生活を豊かにすることができます。
ただし、市場が拡大しないどころか縮小するような時期に入ってしまうと、無理を
重ねて費用を削減し、安さを目立たせて、なんとかライバル企業から一人でも多くの
顧客を奪い取ろうと変な努力を必要としてきます。まずいことにライバル企業が
さらに安い商品を市場導入すると、もっともっと費用を削減してもっともっと
安さを目立たせる、という激安商品の悪循環に陥ってしまいます。そうなると、
費用削減のためには、見かけだけはなんとか立派に保っても、手を抜ける部分は
手を抜き、品質も本来維持すべき水準から落としていくことになりがちです。
これは不安の生じる激安ビジネスと言わざるを得ません。

実は縮小しているスキー・スノーボード人口

1月に転落事故をおこしたスキーバスツアーも、激安価格がセールスポイントの
ツアーのようでした。これまでの事故調査の報道を見ている限りでは、上記の
ような「不安の生じる激安ビジネス」の落とし穴にはまっていたように思えます。
海外から日本を訪れる観光客の増加にともない、貸切バスの需要自体は拡大傾向に
あり、車も運転手も引っ張りだこなのですが、スキーバスツアーは事情が異なります。
上記の私の論文を読んでもらうと、より詳しくわかるのですが、スキーやスノー
ボードへの参加人口は、以下の通り、1993年をピークとして、縮小傾向にあります。
実際にゲレンデで滑っていても、昔より空いているように感じます。


出典:余暇開発センター、自由時間デザイン協会、社会経済生産性本部から刊行の
各年度の『レジャー白書』から筆者作成

潜在的需要者が年々減少している中で、激安ビジネスを展開するのは、無理があり
過ぎます。バス運行会社は国が定める基準(約27万円)を下回る金額(約19万円)で
スキーバスツアーを引き受けていたということです。年配の、大型バスの運転経験の
乏しい運転手を採用し、有料の高速道路ではなく無料の一般道を通行する、というのも、
過剰な費用削減の結果だったのでしょう。

賢い消費者になろう

経営学は、世の中の生きた姿を学ぶ学問です。経営学の視点から見ると、常識はずれの
激安商品には、やはり非常識な費用削減がつきものだ、と言わざるをえません。
どこかに必ず無理があり、大きなリスクを伴うものであるわけです。このような目で
スキーバス転落事故を見てみると、本当に悲しい思いがしますし、このような事故に
巻き込まれないためにも、私たちはもっと賢い消費者にならなければならない、と思います。


スキー場で大倉喜八郎さんと出会う

いささか重苦しい話題が続きましたので、最後に少しは楽しい話題を。
新潟県のスキー場周辺で飲食店に入ると、本学の前身・大倉商業学校の
創立者、大倉喜八郎さんのポスターをしばしば目にします。


「なんでこんなところで喜八郎さんにお目にかかるのか?」と思うのですが、これは
サッポロビールの新潟県地域限定ビール「風味爽快ニシテ」のポスターなのです。
新潟県は大倉喜八郎さんの出身地であり、明治の実業家である大倉喜八郎さんが
創業した数多くの企業の一つがサッポロビール、というわけです。



このブログを読まれる方は未成年が多いのかもしれませんが、成人の方はぜひ
新潟のスキー場で、大倉喜八郎さんに思いをはせながら、このビールを味わって
いただきたいと思います。

(文責:柴田 高)